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@弁護士日記より 「裁判とはどういうものか?」(裁判は真実を見極めてくれるものではありません)

  裁判というのは、世の中の真実(本当の事)を見極めた上で判決が下されるものではありません。(ここのところ大概の皆さんはご存じありません)

 

 民事裁判でAとBがお互いに「自分の言うことのほうが正しい」と言い争って裁判を起こしても、裁判所は「両者の間でもめていることの真実(本当の事)は何であるのか」を見極めてくれるものではありません

 

 神様ではない(フツーの人間である)裁判官に、(本当の)真実を探し当てる能力はありませんし、そのために多大の労力を使うほど裁判官はヒマではありません。裁判官は一人で100件くらいの裁判事件をかかえています。忙しさは医師と同じようなものです。

 

 争いをしているAとBの主張していることのどちらが正しいか(真実か)を決めるのではなくて、「どちらがよりマシなことを言っているか」という判決を下すだけです。そして、どちらがマシか裁判所に分からないときは、真実の証明をしなければならない責任を負うほう(たいがい訴えた側)を負けにします。

 

 争うAとBは、政治家の演説のように(「私が正しい」「相手はウソばかり言っている」)などと根拠のない主張をするだけではダメで、勝つ為にはそれに沿った自分に有利な証拠(契約書・念書・証明書・・・・・)と証人を自分の力で裁判所に提出しなければなりません。(裁判官は真実を見極めるために、捜査に当たる警察官のように、事件の現場に自ら出向いて調べてくれることはしません。裁判所は出された証拠を判断するだけであって、裁判所が積極的に証拠を探し出してはくれません)

 

 いくら自分が正しいと思っていることでも、あなたからそれを証明する客観的証拠を出すことが出来なければ、「あなたの言うことは証明が不十分である」として、うそをついている相手方が勝つことはいくらでもあります

 

 妻が不倫をしているといっても「帰りがいつも遅い」「その気があるメールが来ている」「近所や友人のうわさだ」「ドライブをしていた」「食事に誘われている」「誰もがあやしいという」・・・・・のでは、

「知りません。不倫はしていません」とウソを言って争われれば、不倫しているという証拠としては不十分で勝てません。

 

 「〇月〇日・・・・・ホテルへ行った」「車の中で関係しているのを現認した」「写真を撮った」「関係のあったことを示すメールがあった」・・・・・という具体的証拠がなければ裁判に勝つことはできません。そういう証拠を探し出す作業指導が弁護士の腕にかかってきます。

 

 このように、いくら自分の言うことが正しいと主張しても、それに沿った証拠が提出できなければ裁判では勝てません。

 従って、どのような証拠を、どのように集めて裁判で主張するかが依頼された弁護士の腕になってきます。

 

 よろしいですか!裁判はAとBのどちらが「マシ」がを決めるだけのもので、裁判に勝ったからといって「あなたの言い分が真実である」「正しい」と認めてもらったわけではありませんよ。しかし、要は裁判に勝てば良いのです。

 

★刑事事件の無罪判決でも同じことが言えます。刑事裁判は「疑わしきは被告人の有利に判決せよ」という大原則がありますから、たとえ真犯人であったとしても証拠が不十分であれば無罪とされたり、逮捕されても釈放されることはいくらでもあるのです。そういうわけで刑事事件でも経験的に優れた弁護人の腕が相当ものを言うことが出てくるのです。刑事事件はたえず流動的で警察や検察庁を相手にすることになってくるので全く難しいものです。

 

 天空にビデオカメラがあって、世の人間の行いを神がすべて監視していれば真実というものは明らかになろうが、神ならぬ裁判官に本当のこと、世の中の真実が分かるはずはありません。

 

 刑事事件は、証拠、取り調べ、自白などをめぐる捜査側と弁護側の激しいせめぎ合いによって決まるのです。弁護人によって結果の差が大きく異なってくることは当然です。

 

 

 

A弁護士日記(人生相談の解答、法律相談の回答)

 どの本や新聞をみても、なぜ人生相談の回答がひとつなのであろうか?

 大新聞なら紙面はいくらでもある。これも回答、あれも回答ということで投書欄のように多くの読者から広く答えを求め、

 結論を選択させるとおもしろい。

 なにも弁護士や作家や評論家だけが正しい答えを出す能力があると限ったものではない。

 

★ 「となりのピアノがうるさいからどうしたらよいか」という問にしてからが、回答はいくらでもある。

 

 その一 

   「娘が弾いているんなら大きくなって嫁にゆくまでがまんせい。人間そのくらいがまん出来なくてどうする

   か。新幹線、高速道路沿線の人々の苦労を考えてみい」

 

  その二

   「テープにとっておいて弾き終わったらすぐ倍ほどの大きさで何度も流して聞かせてやれ。おのずと悟る

   であろう」

 

  その三

   「どなりこめ、弾き終わるまで玄関先にすわりこめ」

 

  その四

   「軽犯罪法にふれるようなものであれば弁護士に頼み警察に告訴するとよい」

 

  その五

   「がまんの程度がこえれば民法上は不法行為が成立するので、弁護士を頼んで慰しゃ料を請求出来ます」

 

 その六

   「となりからピアノの音がきこえない所へさっさとひっこせ。てまえで小さな家に住んでおきながら、その

   程度のことでいちいち人に相談するな」

 

 その七

   「ピアノの音を小鳥の声とおもいなさい。何事も人生、心のおちつきが大切です」

   

   こんな回答を書いていけばきりがない。

   大体評論家の回答はきざなものが多い。

   人のことだからえらそうなこと言っているが、とても相談者が満足しそうもないという答えはいくらでもあ

   る。そして人に説得することと自分がする事とは全く別ということは、よくあることである。

 

★  風邪をひいて医者に相談した。

  「かぜなど寝て休養をとれば自然に治るものだ」 と言えば医者は金にならない。

  「すぐに病院に来て、点滴注射をうち、薬を飲みなさい」と答えれば医者のためにもなる。

  ただちにしなければならない手術もあれば、不要な手術もある。

 今般、ガンですぐ手術をさせ、抗がん剤を出すことの是非が問題になってきた。

 何もしない方が長生き出来るケースが多いという慶応大学医学部のドクターもいる。 

 ただちに裁判をしなければならない事件もあれば、そうでないものもある。

 弁護士へ無料だというので相談に行って「あなたは勝てます」「裁判の着手金を用意しなさい」と言われ、無駄な裁判をすれば金だけかかることはよくある。 

 弁護士も今では増えすぎ色々である。

 良心的な事件のスジの見立てが肝心であるが、ここのところの判断に十分な経験の裏打ちが必要である。

 弁護士費用の高すぎるのはよくないが「安い弁護士がよい」というものではない。

 結果として「安かろう」「高かろう」は、どの仕事でもよくみられるところである。 

 

 

★ 法律相談料が「無料」というのも考えものである。

   なかには法律事務所へ来る交通費まで出し、相談は無料と宣伝する法律事務所まである。これには裏がある。

   結局、相談料を無料にして、相談者を各地から多く集め、その相談者の中から

 お金になる事件だけをよりすぐるという手法である。

 

 

 

B弁護士日記(ツグミをとってもいいという法律改正は出来ないか?)

 昔、修道院でのヴァイオリン演奏会のあと、多治見の料理屋へ青年会議所の仲間と出かけた時のことである。

 同席の芥川賞作家、池田満寿夫がツグミのあたまを口に入れ数回かんでからほろにがさの為にはき出した。

 

 「あなた、どうしてこんなにおいしいものが食べられないの」

 そう言いながら国際ヴァイオリニストで美人のほまれ高い佐藤陽子は、池田満寿夫が人前で口から出したツグミ

をひょいとつまんで食べてしまった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ツグミをとらえて食べることは、世界中のどこの国でも犯罪とされる行為ではない。

 「ピレネー山脈の向う側では正義とされることがこちら側では悪となる」ことはよくあることであって、山ひとつ越え

ば正義の評価は異なる。

 「汝、殺すなかれ、盗むなかれ」の万国共通の殺人罪や窃盗罪とは罪質が違う。

 「殺し」や「盗み」は万国どこへ行っても違法性を帯びた犯罪である。

 ツグミをとらえることが犯罪となったのは昭和22年のG・H・Qの方針(バードデー)によったものであり、いわば

アメリカ軍の押しつけであった。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 スズメをとって食っても犯罪とならないのは、「鳥獣保護及び狩猟に関する法律」で、スズメが保護されていない

からであり、ツグミが犯罪となるのは、「狩猟」してもよい部類から昭和22年にはずされてしまったことによる。

 だから、ことはかんたんで、ツグミを法律で、もとの「狩猟鳥」にもどせばよい。

 そういう「請願」をすることは、国民として当然の権利であり、犯罪でもなんでもない。

 ある日ニワトリを食ってはいかんという法律を作ることと同じである。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ツグミを取ったからといって逮捕する「ケーサツ」を批難しても始まらない。

 警察は日本国の行政機関であるから、「日本国で犯罪とされる行為」についてはどこからかやかましい「告発」が

あれば取締らざるを得ないのである。

 「ツグミを狩猟鳥にする」という公約をかかげた「代議士」が出現しなければ話にならないのである。

 「売春を合法化する」という公約では、女性票が逃げるから命取りになる。

 東濃で「ツグミを狩猟鳥にすべく国会で努力する」という公約をかかげたらはたして「票」は増えるか減るか。

 そのくらいの代議士がなぜ出て来んのか。

 問題は「野鳥の会」の皆様の票と、どちらの支持票が多いかだけである。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ツグミをうまいと思って食うか食わないかはツグミへの「愛」があるか「慈悲」があるかの問題であって、

絶対的な「正義」か「悪」であるかの問題ではなかろう。

 

 

 

弁護士美和勇夫の講演

 平成23年5月14日、名古屋市中区栄のYWCAで行われた「裁判員制度反対集会」での講演です。

      父親はなぜ息子を殺さなければならなかったのか?

         あなたの胸にせまる裁判の講演です。 

 

  裁判員裁判を斬る!その1

 http://www.youtube.com/watch?v=nONLWZZYdLs

 

  裁判員裁判をきる!その2

  http://www.youtube.com/watch?v=RDa0Jo050xU