取り調べを受ける人の心がまえをわかりやすく書いたものです。
これは、(岐阜県多治見市に法律事務所をもつ)私が、警察に逮捕された被疑者の方へ向けて、警察との対応のしかたをわかりやすく解説した20ページにわたる文書です。(私は、30年も前からこういう文書を逮捕された人に警察留置場へ差入れてきました。) それを平成10年頃に全国の弁護士に一般公開することにしました。
日本弁護士連合会(日弁連)では「美和ノート」として全国的に知られて有名になっています。全国の法科大学院や弁護士に使われるようになっています。朝日新聞、NHKでこれが取り上げられました。
現在、全国において、たいがいの弁護士は逮捕された人に対して、警察での最初の面会のときにこの美和ノートを差し入れて使用しています。
美和ノート
取り調べを受ける心がまえ
『被疑者ノート』作成のすすめ
あなたは突然の逮捕にびっくりされたことでしょう。
天地がひっくりかえるほどに動転されていることでしょう。
このノートはこれから始まる取り調べやその対応などについてわかりやすく解説したものです。
目次 1 逮捕・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
2 捜査とあなたの対応について・・・・・・・・・・・・・・・・2
3 調書のとられかたについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
4 あなたの黙秘権について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
5 接見禁止と弁護人への手紙について・・・・・・・・・11
6 偽計による取調べについて・・・・・・・・・・・・・・・・・12
7 検事の取調べについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
8 うその言い訳について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
9 裁判員裁判について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15
10 取調べを受ける法律 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
11 被疑者ノートの記載例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
1 逮捕
逮捕、勾留手続(警察での身体拘束)は逮捕されると、少なくとも原則23日間ぐらいは続くと思って覚悟して下さい。(最初に逮捕期間が2〜3日あり、その後引き続き勾留期間として10日間拘束され、これが延長されると更に10日間続きます)
取り調べは山登りやマラソンのように長くつらいものです。
(しかし終わりのない調べはありません。23日間で終ります)
23日後、裁判所に起訴(裁判決定)されれば、事案によってはすぐに保釈金を積んで保釈で出られる場合もないことはありません。これはあなたが事件(事実)を綺麗に認めている簡単な事案だけです。
だから保釈は認められるとしても、原則として、2ヶ月半くらい先に行われる第一回裁判までは難しいと思って下さい。
嫌疑不十分などで『起訴』(裁判)されないか、軽い『罰金』処分にしてもらえれば釈放されることもあります。逮捕勾留の間、『面会禁止の処分』(接見禁止決定)が裁判所より出されますと『弁護人以外の者』とは会わせてもらえないとか、『弁護人以外の者』からの手紙等の文書の差し入れも原則として23日間届きません。(取り調べは、別件で再逮捕されないかぎり・原則23日間です)起訴されれば、もう強制の調べはありませんが、裁判が終わるまで身柄拘束は原則として続いていきます。
2 捜査とあなたの対応について
捜査というものは、おだやかに適法・適正手続きでおこなわれなければなりません。
しかし「現実の取り調べ」は相当厳しく、大声で怒鳴られることもあるかと思います。
警察から殴られたり暴力を振るわれるようなことも、あるかもしれません。
そんなことは法的に絶対許されませんが、あったらすぐ弁護人に面会を求めて報告して下さい。
ひどいことを言って怒鳴られたら、誰がいつ言ったか、その『セリフ』『やりとり』をよく覚えておいて、差し入れをした「被疑者ノート」に詳しく書いて報告して下さい。(これはあなたと弁護人との法律で守られた秘密の
やりとりです)
「てめぇこのやろう」とか
「警察をなめるなよ、ばかやろう」
というようなたぐいの具体的セリフです。
毎日の取り調べの状況は差し入れた[被疑者ノート]へ日にち、何時のことはなどきちんと日記のつもりで書いて 下さい。
(あなたが毎日の取り調べ内容を細かくノートに書くことは非常に重要な事です)
主な内容は弁護人の私へ手紙で書いて知らせることです。
面会のさい弁護人に[被疑者ノート]を持ってきて接見室でみせることです。過去の取り調べの内容を思い出して、口でしゃべって説明することは難しいものです。このノートを警察に見せる必要・義務は全くありません。見られることもありません。
「弁護人と何をしゃべったか?」など警察に聞かれても答える義務はありません。
警察官がそういうことを聞く事自体・弁護人とあなたとの『秘密面会権』を侵害することであって間違っています。(違法です)
あなたが毎日しっかり書いた被疑者ノートは、将来「取り調べのひどさ」などを裁判所の法廷で訴え証明する為使うことも出来る重要なものともなります。
尚・警察官・検察官が『捜査の際書いているメモ』も今後は弁護人が要求すれば法廷に出さねばならないことになりましたので・・取り調べの時どういうものに何をかいているのか注意して観察しその都度、被疑者ノートに書いておいて下さい。
「取り調べのメモなんか作っていない」と言って隠されるおそれがありますから・・・
取り調べる警察側はあなたを疑っています。
だからあなたも弁護人も警察が『適法手続き』で調べをやっているのかどうかを疑い、チエックする必要があるのです。
警察官は『犯罪捜査規範』(国家公安委員会規則)によれば、『個人の基本的人権を尊重して捜査をしなければならない』とされています。(取り調べの警察官はこの規定があることをあまり知りません)
あなたの取り調べにあたって、大声で脅せば、警察官の方が『脅迫罪』を犯していることになりますし、そういう取り調べ方法は違法です。
『朝早く』からと、『夜遅く』まで無理に調べが行われたり、体調の悪い時の調べ要請があった場合は、「体調が悪い」と言って調べを断って下さい。
それでも無理な調べがあれば月日、時間、担当者の名前等をよーく覚えておいて、その時の『調書』には指印を押さず、弁護人に報告して下さい。(指印を押すことは当然断ることができます)警察署長や検察官、あるいは裁判所へ連絡し然る べき法手続をとって弁護人が抗議するなりします。
「抗議をしたら、もっとひどい取調べになるのではないか」と、不安になる必要はありません。弁護人に訴えて下さい。
ひどい取調べをするのは、証拠が弱いからなのです。あなたから自白をとらないと、不安だからです。不安な人間ほど、居丈高(いたけだか)になって、相手を屈服させようとするものです。弁護人が警察・検察庁へ抗議すれば、必ずこちらの言い分をきちんと丁寧に聞いてくれるようになります。
3 調書のとられかたについて
まずあなたはどういう容疑で逮捕されたのか、よくわからない時は「逮捕状」に何と書いてあるのか警察官に聞いて下さい。逮捕に続いて勾留された時は、どういう疑いで勾留されるのか「勾留状」に書かれていることを聞いて下さい。その事実に沿って警察の取調が行われて行きます。
作成される調書は、最後にみせてもらった上、よく読んでもらって、違ったことが(ニュアンスも)書かれていたら、(訂正してもらうまで)署名押印をしてはいけません。
調書は、録画・録音のように、あなたの言い分を正確に記録するものではありません。
取調官が、あたかもあなた自身が話した言葉であるかのように、まとめて作文しています。短く要約されてしまってあなたの言い分が適切に書かれないこともあります。
あなたの言ったことや思っていることとは違う内容(調書)になることはよくあるのです。
あなたには、誤った調書の内容を訂正してもらう権利があります。
刑事訴訟法198条4項は、取調官が供述調書を作成した後、「被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない」と定めています。
あなたは取調官に対し、供述調書の記載内容を訂正することを求める権利があるのです。
あなたに納得がいく訂正がなされるまで署名押印をする必要はありません。
「まあいいか」ではいけませんよ。
長い調書が作成された場合、その一部分だけをとりあげて、訂正を申し立てるのは、むずかしいことですが申し立てて下さい。訂正が一部だけだと、訂正しなかった部分は、あなたが納得した部分だと思われてしまいます。
よく取調官は、たくさん訂正すべき箇所がある場合に、「こちらはお前の言うとおりに訂正してやるから、こちらの部分は俺の言うとおりに認めろ」と妥協を迫ってきます。
人間というものは、一つ相手に譲ってもらうと、こちらも譲ってあげないといけないような気持ちになってしまいます。 しかし、それは大変危険なことです。(間違った自白調書となります。書かれてしまえば、後の裁判手続で訂正することは困難です。)
訂正をするときは、よく考えて、すこしでも疑問が残れば、供述調書全部の最後の署名押印を拒否して、弁護人と相談することをおすすめします。
警察などの『誘導』に乗せられたり、作文調書に妥協したりしてしまって、不利益なことを認める調書はとらせてはいけません。
訂正する場合でも、取調官はよく、調書に「弁護人に○○の点は認めてはいけない、と言われたから訂正します」などと書き加えようとします。
これは、訂正を弁護人の責任にすると同時に、訂正した内容に信用性がないように見せかけるためのテクニックですから、気をつけてください。
弁護人に言われたからではなく、それが事実(本当のこと)であるから訂正するのです。そのような付け加えを許してはいけません。断るべきです。
そのような書き加えがある以上、やはり最後の署名押印を拒否すべきです。(この署名押印の拒否が取調官には目の上のたんこぶになるのです)
あなたを逮捕するまでに、古い出来事について、警察は徹底的に(あなたの不利なことについて)裏をとってすでによーく調べています。しかしそれが本当かどうかは、『相手の言い分』であって、本当のことはわかりません。
反対にあなたは忘れてしまって、記憶にないこと、あなたに有利なことがたくさんあるはずです。特に日時は忘れています。そういう時は、とりあえず覚えていないことは
「覚えていません」
と言わなければなりません。
調書には、あなたが『しゃべった通りのことが書かれない』ことがよくあります。
よーく見せてもらいなさい。
書かれてしまったあとの裁判で 「警察が勝手に書いた」ことだと主張しても、時すでに遅しで、通らないことがほとんどです。
「調書をよく見せて欲しい」
と言って、見せてもらって、納得できなかったら、署名押印を拒否して下さい。
(裁判官は密室の警察や検察庁で、どのようにひどい取り調べが行われているかなどほとんど知りません。できあがった調書だけを信用して裁判をされるからこわいのです)
たいがい取調の事実は、『古い出来事』です。今、突然逮捕されたあなたの手元には、出来事を書いたノートも覚書(メモ)携帯電話、パソコンも日記もありません。
誰かに確かめることも出来ません。わすれていること・思い違いしていることなど多いものです。
ひとつずつゆっくり思い出して、記憶にないこと、忘れてしまっていること、違っていることは、認めてはいけません。
「そこは、よく覚えていません」「思い出せません」
と言うべきです。
「相手がこう言っているからこうだ」
「共犯者はこう言っておるぞ」
と言われても簡単に認めてはいけません。日時もそうです。
実際には、相手や共犯者が言ってもいないのに、取調官がうその説明をすることが、よくあります。これを「偽計(だまし)による取調べ」といいます。
もちろん違法ですが、取調べは密室で行われるため、あとから本当に偽計(だまし)があったかどうかをあなたや弁護人が証明するのが難しいのです。
忘れたことは
「忘れました」「覚えていません」「日にちは今となってはわかりません」
などとはっきり言うべきです。言われるままに調書をとってはいけません。
調書は警察に有利に、つまり、あなたに『不利益なストーリー』として構成されて書かれることが普通です。しかし、あなたがくりかえし誤りを主張すれば、警察も慎重に調書を取るでしょう。言いなりになれば、彼らが考えたストーリーが、あたかもあなたが話したことであるかのように、書かれてしまいます。彼らが考えたストーリーであっても、あなたが署名・指印を押してしまえば、立派な『自白調書』の出来上がりですか
ら後になって裁判所で
「違っている」
と言ってもまず通りません。
(特に検事調書はひっくり返すことが難しく・重要です!)
『指印』は法律的には、押さなければならないという義務
はありません。
断ることも法的には自由です。
法的には、取調官の方が、あなたに署名押印をお願いできるだけなのです(刑事訴訟法198条5項に「被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印を求めることができる。但し、これを拒絶した場合はこの限りでない」と規定されています)
調書を見て、よく読んで納得がいったらサインをしてもよろしい。納得できなければ
「弁護士に相談する」
などと言って、弁護人が面会に行くまでサインは断ってかまいません。脅しなど取調方法に納得がいかない場合もサイン・指印は断ってかまいません。
たとえ調書が全部できあがっていても断ってよろしい。断り切れなかったら弁護人から断ってもらうように頼みなさい。
署名がなければ調書は白紙と同じです。
調書は何もしゃべらないという『白紙』でもかまいません。調書を、取るも取らぬも法的にはあなたの自由です。サインがなければ、その調書は裁判所に出されることはないのです。
もっとも、あなたは、ちゃんと調書をとってもらわないと不利になるのではないかと思い込みがちです。取調官もそのような被疑者の心理をよく知っていて、「そのように否認をするなら、これ以上は取調べをしない」などと突き放してくることもあります。
しかし、不安になる必要はありません。
言いたいことを言うチャンスはこれから先『裁判』の時などいくらでも方法はあります。必要な言い分は、弁護人から捜査官に伝えることも可能です。
(あなたが直接、検事・警察宛に言いたいこと・抗議の手紙を書いてもよいのです。接見禁止だと検事への手紙も出せませんので弁護人が受け取って提出してあげます)
取調官は、決められた期間(原則23日)のうちに、捜査を終えなければなりません。
そのため、ずっと調書作成を拒否していたら、根負けした取調官の方が、(12日目
ぐらいから・・・)被疑者に「調書を取らせてくれ!」と頼んでくることもよくあります。このように実際には、調書を取りたいのは取調官の側なのです。
たとえ調書を取られていても、最後の部分のサインをするのは弁護人と相談してからでもあなたには決して遅くはありません。かまわないことです。
否認をしていると、取調官は、よく「そんなことを言っていると不利になるぞ」と言ってきます。しかし、よーく考えてみてください。彼らは、「真実」を語るように求めているでしょうか?
「真実」ではなく、「彼らが考えている間違ったストーリー」を押しつけようとしていることがほとんどなのです。嘘のストーリーを認めなければ、不利になるというのはおかしいことなのです。
しかも、彼らは「重い罪を認めないと不利になる」と言っているのと同じです。実際は逆です。嘘で重い罪を認めたことによって、有利になるはずはないのです。
また、否認をしていると取調官は、よく弁護士の悪口を言ってきます。「あの弁護士の言うことを聞いていたら、お前は不利になる・裁判官の心証が悪くなるぞ」「あの弁護士は金のことしか考えていない」などと言った言葉です。(警察の言ういい弁護士とは、警察の言い分を認めてくれる弁護士のことですからまちがえてはいけません。警察はあなたの親族などには親切そうに振る舞い、あの弁護士は換えたほうがいいなどとも言いかねませんよ)
一度、調書を取られても、ふにおちず内容を訂正したかったら
「間違っていたので、もう一度調書を取り直して下さい」
と、何度もしつこく言ってください。
一度言ってしまったことは、調書の撤回ができないかのように思い込んでしまう人が多いのですが、撤回(調書の取り直し)は可能です。要は、あなたにとって、何が真実かが重要なのですから。ただし、先ほども述べましたように、中途半端な訂正は、かえって不利になるかもしれませんので、間違っているところは全てきちんと訂正してもらいなさい。訂正してくれなければ弁護人から伝えてもらうことです。
4 あなたの黙秘権について
裁判でも取調でも当然『黙秘権』というものがあります。
これはあなたの重要な『法律上の権利』です。
警察は『しゃべりたくなければしゃべらなくてもよい』という黙秘権があることを取調の前に本人に伝える義務があります。(刑事訴訟法198条)
検察庁でもその後の裁判所でも同じです。(裁判所では、きっちり告げています)しかし、警察では、『黙秘権があること』について分かるように教えてくれません!
これは違法なことです。
「正直にしゃべれ.。だまっていることはやましいことがあるからだ」
「だまっている理由をいえ。言えないだろう」
と、どなったりして、自白を強要することが多いものです。これは黙秘権の侵害です。それは誤った『警察の仕事』です。(警察は被疑者に、より重い罪を認めさせること
が自分たちの使命だと思い込んでいることがおおいものです。これは間違っています)
自白の強要は『違法』です。将来、裁判所で、調べた警察官が法廷へ証人として呼び出されるかもしれません。その場で彼らは、あなたに自白を強要したとは絶対に認めません。強要したことはないというウソをつくのが常です。
なぜなら、彼らは自白の強要が違法な取調べであることをよく知っているからです。彼らは、調書を取りたいが為に、あえて違法な自白強要をしているのです。
しゃべりたくないことがあれば
「言いたくありません」「しゃべりません」「黙秘します」
と言えばよいのです。(憲法38条、不利益供述強要の禁止)
「しゃべらない」「しゃべりたくない」理由を言う法的必要はありません。
違法事実があるというのであれば、警察はあなたの自白以外の・他の客観証拠・証人などを集めてそれらで証明しなければならないというのが捜査の大原則です。
黙秘することはあなたの権利ですから捜査官にしゃべらなければならない義務はありません。裁判官が「しゃべるもしゃべらぬも、法律的には自由であって黙秘したからといってそれだけで不利な扱いはしません」と逮捕されてすぐの裁判所で行われる「勾留質問」の時に、説明してくれるとおりです。困ったことにこれがわかっていない(守らない)警察官が多いのです。
あなたへの「黙秘権の告知義務」は警察にも検事にも裁判官にもあるのです。
取調官も人間ですからイライラして相当怒ると思います。しかし怒るのは『警察の勝手』でも、強制的にどなりつけてしゃべらせることは『違法捜査』です。
もしかようなことがあって調書を無理矢理取られたりしたら、年月日・時間・捜査官の名前・その具体的セリフを、差し入れた「被疑者ノート」に記載して、接見の際、『そのときのやりとり』を弁護人に詳しく報告して下さい。
弁護人は、警察署長なり、県警本部、あるいは検察庁に無理な調べをしないように抗議します。裁判所に違法手続きの抗議もします。そうすれば警察の取り調べ態度も変わります。
以下・・・全文はこちら→ 美和ノート 令和元年10月15日改訂版.pdf